福岡高等裁判所 昭和30年(う)760号 判決
被告人は渡鮮の目的を以て海成丸を傭入れ朝鮮に向け福岡市長浜海岸を出航したものであるからして、仮令同船の船長で同船に同乗していた畠中国男において予め本件密航の企を官に通報し、航行の途中官に発見逮捕されることを期待していたとしても、このことから直ちに所論のように海成丸は所謂外国に仕向けられたものでないとは到底云えない。次ぎに所謂不能犯は「結果の発生すること不能なる場合に於て、その行為危険なるものに非ざる場合」に限りこれを認むべきものと解するを相当とすべく(刑法仮案第二十二条参照)、この場合行為の結果に対する危険性は被告人の行為当時予見した事情を基礎として判断された観念的抽象的危険性であつて因果の関連において被告人の予期しない偶然性の介入により結果的には具体的結果を発生しなかつた場合においても所謂危険性を否定することはできないものと解するを相当とする。本件の場合被告人は五、〇三トンの漁船海成丸により渡鮮を企て福岡市長浜海岸から朝鮮に向け出航したものであるからして行為の結果に対する抽象的危険性は充分具有していたものと云うべく、偶々同船に同乗し指揮に当つていた畠中船長の前示の如き被告人の予見しなかつた意図の介入により渡鮮の実現性が著しく稀薄な状態にあつたとしても前示意義における行為の危険性はこれを否定し得ない。そうだとすれば本件の場合不能犯に該当しないこと蓋明白である。所論引用の硫黄による殺人企図の場合は行為の結果に対する抽象的危険性のない場合に該当し、もとより本件に適切でない。従つて本論旨もまた理由がない。
(裁判長判事 柳田躬則 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)